2014/06/28

「壁伝い一列に家具を配置したいので壁のある部屋がいいです」と言ったら変な細長い部屋を紹介された件

 チャキチャキという言葉が、人の活発であるとか元気がいい様子を表している意味がよくわからない。でもなぜか納得は出来る表現だと思う。何が言いたいかというと僕はチャキチャキした中年以上の女性が本当に苦手というより嫌い、男性もそうだが女性だと尚疎ましい。不動産屋で働いている人間というのは基本的にそういう系統というか性格であるイメージが僕の中に強くあって、ちょっと嫌だなあと思っていたのだが実際に出てきた人は風が吹けば倒れてしまいそうなか弱くて儚い感じの男性だった。

 諸々の苦難を乗り越え、もとい目をつぶって僕はついに不動産屋へ足を踏み入れた。スーモやらホームズやらであたりをつけて数件問い合わせ、複数件の不動産屋から会いたい会いたいと連絡を受け、一番メールがやさしそうなところに行きますと返信をしてから当日。店内は狭く1度におそらく3組が対応の限度と思われるスペースしかないが、僕についてくれる担当者として名前を伺っていた方の名刺には店長代理と書かれていたしそれはなんだか恐縮するような気持ちだった。

 まず僕は賃貸契約も初めてだしわからないことだらけです、実家から職場へ通っていますが時間がかなりかかってしまっていて、業務が立てこむと本当につらい時間に帰宅することになってしまうので部屋を探しています、物件探しも本当に大変で疲れてしまったので、お世話になった不動産屋さんにいいところですよーと紹介してもらえたらそこに決めちゃいたいと思ってます、でも今すぐ引っ越ししますというのは業務の都合上無理なので、賃料が実入居前に発生してしまうのは構わないのですが、家移りをするタイミングはこちらに決めさせてほしいのです、ということをまず彼に伝えると、彼はふんふんと言いながら聞いてくれて、事情を了解してくれた。その上でではさっそく探しましょうということになって、パソコンをカタカタと打ちはじめる。不動産業界の人間にだけアカウント付与がゆるされていると思われる全国の物件データ照会サービス的な、そのデータベースへのアクセスが出来るシステムがあるようで、そこに条件を入力するとわらわらと間取り図が出てくる。何でもIT化時代だなあとそちらの方に気を取られながら物件の紹介を受ける。彼は勧め方もかなり物腰柔らかく、これは駅から遠すぎですねとか、これはちょっと狭いですねとか、どんなものでもいいですよいいですよと紹介することをしなかった、いやそれは当たり前のことなのかも知れないが、ちゃんとしたものを紹介してくれるんだなという気持ちにはなったし何より乾いた砂に軽く刺した棒のような弱々しい気持ちだった近頃の僕にはすごく心を安らかにさせるものがあった。

 物件というのはどういう仕組みで管理されているのかわからないが、あっこれいいですねとなると「空き部屋かどうか確認します」と言っておもむろに電話をかけ始める。「○○不動産の××ですが、△△ハイツ□□号室はご紹介可能でしょうか?」と言って、宛先の誰かがオッケーを出すと「ありがとうございます、ご紹介させて頂きます」と言って電話を切る。これが不思議なことに紹介可能ですか? と聞いてすぐに回答が帰ってくるのだ。ロボに話しかけている訳ではあるまいに、一体どこの誰に聞いているのだろう。不思議だ。
 空き部屋で紹介オッケーとなると間取り図をコピーして紙をくれる。不動産屋の人というのは本当に立ったり座ったりが忙しくて、仕事を頑張っている人にはやさしくありたくなるので一次的な来店対応や電話確認など、そういうことをしなければならなくて「すみません…」と言われる度に僕は「どうぞどうぞ」と応えるのであった。

 部屋を探す条件として、家賃はこれくらい、間取りはこれくらい、駅から徒歩何分くらいで、階数は2階以上、というような感じで伝えるということ自体はわかるのだが、僕の希望として、壁一面に本棚を配置したいという項目があり、だから角部屋とかじゃなくて全然平気なので壁がある部屋がよかった。でもそれって例えば前述のデータベースに検索をかける時に、まさか「壁あり」の項目にチェックをつけたりはしない、そもそもそんな項目はないと思うので、ああどう伝えたものかということを考えていたりもした。でもわからないしまあ言って損することはないかと思い、考えていることをそのまま、壁伝いに家具を一列に配置したくて、角部屋とかに全然こだわらないので、壁のある部屋を探してもらえますか? と聞いてみた。するとああなるほどといった顔をしてわかりましたとのこと、そんなに珍しい要望ではないのだろうか。よくわからないがまたカタカタし始めたPCの画面を覗き込んでいると、何だか細長い物件が出てきてこれはよさそうですね~などと紹介をされた。
 主室自体は8.5帖あるのだが縦に長く、水周りゾーンも主室の半分くらいの長さでこれまた縦長。間取り図を見ると丁度アルファベットのLのような形をしている変な物件なのである。しかし広さは申し分ないし長い壁もある、賃料も想定内だし初期費用的なものもごく標準的で余計な代金も取られない。駅からも徒歩4分とある。
 結局いくつか似た条件のものを図面で紹介してもらったがそのLがやたらと気になるし条件もばっちり、何かを選ばなければならない時はいつも即断即決してしまう質なので、これを内見させてもらって、良ければこれにしちゃいたいですと伝えて、そしてその後すぐに不動産屋の車で現地へ向かうことになった。

 彼はサービス業なのか? と思うくらいに大人しい人で、僕も雑談チックな会話が苦手、というより自分発信ではそのようなことを不要とする性格だったので、別段会話もなく黙ったまま現地へ向かう途中、でも人対人だし何か会話をした方が健康的だよな……ということを不意に思い始め、こちらはお客さんという体裁であることも手伝って、色々なことを思いつくままに質問してみた。このあたりは住環境としてどうかというような基本的なことから、アパートとマンションって何が違うの? のようなどうでもいいことまで聞いた。中でも興味深かったのは、スーモやら何やらというアプリ・WEBサービスがいっぱいあるけれども、あれ経由で入ってきたバウンドをさばくのって、あの狭い事業所のメンバーだけじゃつらくない? 1日何件くらいあれ経由で問い合わせあるの? という質問を厚かましくもしてみたこと。なんと1日5件くらいのものだと言うので思わずそんなもんなんですか~などとお前はどういう立場なんだという返事をしてしまった。彼の受け答えは、内容もさることながら声音や言葉の選び方も柔らかく、どことなく大学時代に初めて自分から作った友人、同じ学部で同じサークルへ引っ張って行った彼のことを思い出させ、元気にしてるかなということをちょぴり懐かしく考えてみたりした。
 物件まではすぐ近くだった。入ってみると確かに細長い。
 僕というのは、簡単に言うと神の導き的なことを信じるタイプの人間である。例えば100円で買えるものが買いたかったのだが財布に小銭がなく1万円札しかないという時にはこれは買うなということだな、と思って買うのやめるし、限られた中から何かを選ばなければならない時には、今エントリーがあるこれの中から選ぶってのが運命なんだから何か不満があってもこの中で1番いいものにしようというようなことを思う。物件も、実際にL物件を見てパッと見綺麗そうだったらもうここにしよう、きっとそういうことだったんだという気持ちだったので、部屋に入ってすぐにここでいいかという気持ちになったし、別段目立った不満もなかった。彼に「僕わからないんですけど、こういう時って、結構簡単に「ここにします~」みたいな感じでお答えしちゃっていいんですかね?」などと聞いてみると彼は心情察しますとでも言いたげな顔をして「みなさんそんな感じですよ」と言ってくれた。なのでじゃあここでお願いしたいと思います、と何故か歯切れの悪い返事をして、では諸々書類のやりとりに入りましょうかという段階へ移行した。

 内見から帰り、必要な書類を渡されて説明を受けて30分ほど、今日はもうこれで一旦おしまいですということになり僕はそのまま家に帰った。最初に門をくぐってから2時間ほどではあったが、うんとパワーを使ったように感じるし、実際大変なのはこの後の契約のやり取りや家移りの準備だと思うとどっと肩が重くなるのを感じた。加えて帰りの電車では本件に関わる諸々の障害のこと、家族と僕の気持ちのことがぐるぐる頭の中をめぐり、眠たいのですという振りをして涙をぬぐうなどした。僕は本当にそういうところが弱い。
 家族には部屋を決めたこと、でも家移り自体は業務の関係もあるので急がないこと、父親には連帯保証人になってもらいたいことを伝えた。同じ空間にいるだけでも気持ちを圧迫されていた相手、少なくとも先週まではそういう相手だった両親にそれを伝えるのは中々に労働であった。しかし一度会議と呼べない醜い家族会議を行い、今までの24年間はどのような気持ちで育ったのかという僕の大変正直な気持ちを述べた手紙を渡した後から、少しだけ目を見て話せるようになった。だから、伝えること自体は完了できたし、表現の仕方にはすとんと喉を通らない部分がありつつも、了解の返答を得ることが出来た。しかし本当にその了解が言葉通りの意味ではなくて、具体的には母親から「(僕が家から出ていくことが)夢だったらいいのに」などと言われて、僕は本当にその言葉に参ってしまって、また部屋にこもって泣いた。僕は仕事を頑張りたくて、でもこのままじゃ身体を壊してしまうから、自分のために家を出たくて、でもそれが母親の負担になり、僕が僕の未来のために頑張ろうとしていることで誰かを傷つけて、僕は頑張って良いことをしようとしているのに悪者で、僕が全部悪くて、でもでもそれはちゃんと働きたいからなのに、そういうことをどうしてわかってくれない、どうして簡単にそんなことが言える、僕のことなんか何一つ考えていない、でも悪いのはやはり僕なのだろうか、というようなことをまた考え始め、せっかく事が動き出そうとしているのに気持ちが落ち着かず、醜く目が濡れたのであった。

とりあえず状況が動き出す。やっと流れ始める。案件自体が自走し始める。だから、ちょっと休みたいと今は思っているのだ。