学生時代の友人と一緒に酒を飲むということ自体、僕らも大人になったんだなあとしみじみ思ってしまう時期もあったが、今では会って遊ぶというと、つまり酒を飲みに行こうということである。高校時代の友人らと新宿の焼き鳥屋で飲んでいた時、そのうちの一人が転職を考えていると言う、何でも今は社内にいて黙々と作業をこなす仕事をしているから、自分で企画を考えて提案活動を行う営業職になりたいんだとか。冗談交じりというかまさしく冗談で、ウチの会社が営業職を募集してるよと言ってみる。そういえば人事が誰か知り合いで有能な人がいたら紹介してください、という趣旨の社内キャンペーンを行っていたなと思い出す。言われた彼は、僕が務めている会社なら真剣に考えないとな、なんて言っていたが、その真剣さを訴える台詞がなんだかちょっと冗談めかしているというか、白々しい感じがして、まあ本気で受け取るはずないよななんて、そんな風に思うことすらないままにその話題は流れたのであった。
そんな飲み会の席から少し経った頃に、その彼から連絡が入る。心が決まって僕が務める会社の試験を受けたい、ついては人事担当者に取り次いでほしいなどと言うのだ。あの時のあの言葉は本気だったのかと驚くとともに、信じられないことに対してちょっとあきれて笑ってしまう思いが寄せてきて、こりゃ面白いことになったぞと日々の退屈な業務に鮮やかな色がついていくような気持ちになる。すぐに人事へその旨を連絡したところ、では履歴書を送ってくれるように連絡を入れてください、後の対応は巻き取りますとのこと。二、三日で彼は履歴書と職務経歴書を僕に送ってきた。職務経歴書ってそういう風に書くんだななんて、内容までまじまじと見てしまう僕。僕は転職の経験がないので、なるほどそういう風にやるんだな、そんな風に行うんだなということばかり、良くないんだろうなと思いつつも彼の履歴書を読むのがやめられない。だってこんなにわくわくすることってあるだろうか、みんな、友達が自分の会社に入るかも知れないって状況になったことあるのかな、仕事上の親しい間柄の人とかそういうことじゃない、かつて同じ教室にいたことがあるやつなんだぞ、絶対に今僕は貴重な体験をしている、そうに違いない。そんな風に心躍る気持ちで、それはもしかしたら友だちが入ってくれるかも知れない、ということではなく、その貴重な体験、状況の珍しさに対して、なんとも言えず心がときめくのである。およそ一、二か月後、彼は僕の勤める会社へ実際に入社することになる。事は非常にスムーズに進んだのであった。
何と彼は僕が所属する部署の配属になった。僕は一応監督職であるので、実質僕の管轄である。やっぱりそうだ、こんな体験僕以外に経験できる人がいるはずもない。この体験は僕の人生を振り返る時、大きなトピックスになるはずである。デスクは僕の隣の席になった。こんなこと、あるはずない。きっと僕だけ、僕だけに違いないと思うと心が笑うのが止められない。週に一度、現在の業務の進捗を確認するために面談をやろうなんて、友達相手に。そんなことってあるだろうか。一緒に働いてみてわかったが、彼は仕事ぶりがとても真面目らしかった。友達モードの彼を真面目だなんて思ったことはなかったが、仕事になると声も変わる。僕のことだって名前に「さん」をつけて呼ぶ。不思議なことであるがそれが彼のスタンダードらしく、前職でもそのようだったと聞いてからは特別気になることもないが、そうは言ってもそんな姿、普段見せない姿に慣れるまでに少々時間を要した。上司が僕に言う、彼は真面目だねえなんて、いやいや全然真面目じゃないですよ、真面目だなんてちっとも思ったことないです、と返してしまいたい。こんなの普段の彼じゃないんだ、それを知っているのは僕しかいない。十月入社なのでもうすぐ三か月になるが、彼への社内からの印象はひたすらに真面目ということである。だんだんと僕も毒されてきて、友達の時の彼がどんな感じだったか徐々に忘れてくる。あれ昔からこんな感じだったけななんて、ちょっぴり思えてくる。隣の席で電話を取る彼の声は実家の母を思い出させる。そんな高音で疲れてしまわないか、心配になるくらいの恭しさである。
そしてもう一つ、彼が僕の同僚と会話をしていたりするのがとても可笑しい。僕にも地元の友だち、高校の友だち、大学の友だちなど交わらない友だちの輪があるが、交わらないはずのものが交わっている。たまに見る夢で、交わらない友人同士が同じ教室にいるというものがある。小学校の友だちが先生から指名されて黒板の前で問題を解き、高校の友だちが授業をボイコットして遊びはじめ、大学の友人がそれを止めに入るような、そんな夢。まさにそれを見ているかのようで、それはひたすらに可笑しくて変で、ただただ笑うしかなかった。
いつもは彼と僕ともう一人、三人グループでつるんでいる。今度少し久々に三人で遊びに行く予定が出来た。そこで友達モードの彼を一旦思い出そうとたくらんでいる。なんか慣れてきちゃったけど、やっぱり違う、こいつが真面目だなんてそんなはずがない。君は高校の同級生グループにいたはずだろう、なぜ同僚グループにも参加しているのだ? そうだ一旦整理をしよう。最近では何だか僕も偉そうに、業務の進め方に関する指南をしちゃったりもしているが、君は僕の友だちだ。今の状況はちょっと、いや大分面白くて笑っちゃうけど、君は友だちなんだ、休日に集まって遊ぶのも忘れちゃいけないと僕は思うよ。