なんの工夫もない言い方をすれば日々の暮らしに精一杯。朝早く起きて、子供の支度をして保育園まで自転車で送り、家に帰ってきてテレワーク、仕事の合間に洗濯物を畳んで夕食の準備をし、嫁が子供を連れて仕事から帰ってきたら風呂の世話をして夕食を出し、仕事に戻って遅くまで残業をして、風呂を済ませ、灯りの消えた寝室にこっそり入っていって、嫁と子供を起こさないようにそっと布団に入る。翌朝は早起きの子供にパパおきてと言われて目覚ましが鳴る前に起こされたりもする。加えてこの暑さはなんだ。天気予報を見て、体温より高い予想気温に驚きがもう無いのがおかしい。真夏のピークが去ったとフジファブリックが歌うのをそうだなと思って聴けるのはいつになるのか。
自分の時間はまるで無い日々の中で願うのは嫁が幸せであること。これは何も清らかな話だけでは無くて、僕はとても負の共感性が高いので、身近な人が悲しんでいると僕も悲しくなる。だから僕のために、最も身近な人である嫁さんには健やかでいてほしいのだ。そして子供がいい子でいてくれること。2歳になった娘は信じられないくらいおしゃべりでイタズラ好きでやんちゃで手がつけられない。やるなと言ったことを全てやる。言葉が通じるようになってきたのがせめてもの救いだ。あとやはり子どもはかわいい。「あしょぼ!あしょぼ!」と言われておもちゃのところまで手を引かれて言ったり、時には「パパだいすきー!」と言って抱きついてきたりすることもある。そんな媚びで日頃の悪行の数々がチャラになると思うなよなどと思いつつも、いつの間にか勝手に覚えた言葉で甘えてくるのはかわいいに決まってる。だからなんとか大変な日々でも救われている。
そんな日々の暮らし。僕の趣味ってなんだったか?と思うことも増えたが、まあ生きていくってそういうものなのかも知れないなと感じながら過ごしていると、嫁がおかあさんといっしょのイベントに行きたいと言ってきた。さいたまスーパーアリーナが会場らしい。嫁は割とそういう大きな会場での催しに慣れているが、僕は全くそういう類のものに縁がない。好きなバンドのライブに行ってきましたみたいな話を、どこか遠くの国の話みたいに聞いていることがある。僕は人の多いところが苦手だし、基本的に出不精で、休みがあったら家にいるタイプなので、絶対に自分からはそういう場所に行きたいと言う事はない。しかし基本的に嫁がやりたいと言ったことには反対したことがない僕。行きたいと言われて、どうぞ行きましょうと二つ返事。別に行きたくないわけじゃない。平穏と言うか、波風のない時間が特に好ましいというだけだ。
日曜日。朝は6時に起きた。自宅からさいたま新都心までは大体1時間半くらいかかった。子供は得意のやんちゃを繰り出し、電車の中でも大人しくしていない。ベビーカーから降りたくて仕方がない。嫁があの手この手で鞄からさまざまな道具を出して子供の気を逸らしていく。ただただすごいなと思うばかり。僕が子育てに関して嫁に優っているのは筋肉の量だけだ。ベビーカーでじっとしているのも限界になった頃、抱っこして車窓の景色を眺めさせるのは僕がやった。そして何だこの暑さは。体温の高い子供を抱っこしてこの暑さ。連日の残業の疲れもあり、何だか何かを思うのも疲れてくる。会場付近にはたくさんの人がいて、言うことを聞かない子どもを叱る親がいて、もう帰るよ!コンサート観れなくてもいいの!?などと親から言われている子供がいて、なんだか疲れる空間だなと思った。
さてこの手のイベントごとに初めて参加したので、会場の雰囲気とか、座席の作りとか、主役がどこに現れてどこで歌い踊るのかとか、まるでわからない。入場してみるとつまり、底の深い皿状の会場の傾斜部分に我々が座り、底の中央付近に台座があり、台座の上やその周囲をお兄さんやお姉さんがぐるぐる回ったりするという訳で、僕の席は割と底に近い方だったと思うが、主役との距離はどれくらいあったのだろうか。肉眼では表情もわからないくらいだ。台座の真上にモニターが吊るされていて、結局そこを見てしまう。どんな風に始まるのだろうと思っていたら、音楽と共にお兄さんお姉さんキャラクター達が四方八方から突然飛び出してきたり、ちょうど宅配便のトラックみたいな大きさと高さのステージの上に乗ってキャスターで転がされて登場したりして急に始まった。子供がいるので、ほら来たよ!お兄さんお姉さん来たよ!などと話しかけながらステージへの注目を促したりして、ステージを観ればいいのか子供の様子を気にすれば良いのかよくわからなくなったりしていた。いつもテレビで見ている人たちが近くにいるというのは何か特別な感動があるかと思ったが、特に近くはない。
イベントも中盤から終盤に差し掛かると、主役達のパフォーマンスも白熱してきて、皿の傾斜に座る我々の元へやってきてくれたりする。僕ら一家の座る席の近くにはお姉さんが2人ほどやってきてくれた。これは本当に近い。手を伸ばせば触れられるくらい近い。そこでやっと、笑顔のお姉さんたちも大粒の汗をかいて舞い踊っているのだなということに気付く。膝に乗せた娘が、近付いてきたお姉さんに興奮している時、僕はどういうわけかお姉さんの脚を見ていた。ああ、若い女の子の脚だ。お姉さんたちはアイドル風のスカートだったりショートパンツだったりして結構脚が露出している。うわ、脚じゃん、近いな。正直な感想はそれだ。それでいいのか?普段お姉さん呼ばわりしている人を急に若い女の子扱いしているのも変な感じだ。色んな歌や踊りやお芝居があって結局それかい、というのもなんだか悲しかったが、疲れている時の感想がそれというのはなんだか納得感があった。
1時間半ほどのステージを観て、退場していく大勢の観客の波に乗って外の世界に出ると、さんさんと照り付ける太陽と再会、会場の中はどれくらい電気代がかかるんだろうと思うくらい涼しかった。また1時間半ほどかけて電車で帰る。帰りは子供も寝ていたし、僕も寝た。2時過ぎごろ帰ってきて遅い昼食を摂った。もうその日はすぐに風呂に入って、買ってきた弁当で夕飯を済ませて、子供と一緒にすぐに寝た。疲れたし、明日も仕事だ。会場では撮影は禁止、思い出は心のシャッターに!などと繰り返しアナウンスされていたが、お姉さんたちの脚がどうだったかはよく思い出せない。