2022/12/31

2022年も頑張ったがほどほどに過ごすのが良い件

 停滞する日々、家から出ずに日銭を稼ぐ日常に何か変化をつけたくて、そうだ、アボカドを育てようと思いついた。今年を振り返ると、動きが止まったようだった生活の様々なことが徐々に始動してきた年だったと思う。春に発芽したアボカドは今高さ五十センチほどになった。


情報の受動喫煙が激しい世の中、自ら知りに行こうとしなくても目に耳に入ってくることは知りたくないことばかりなので、テレビも見ないし、webポータルサイトも見ないようにしていたら、すっかり治ったとは聞かないが、外へ遊びに出て行っても別に構わない世の中へ戻ってきたらしい。久しぶりに酒を交わしながら近況を伝え合うなどする機会もあり、また少し世の中の形が変わったような感じもする。

今年始めて、そして辞めたものが二つ。フィットボクシングとヤクルト1000を始めて、そして終わった。前者はやりすぎて肩を痛めて妻から禁止されて以来やっていない。後者は毎日飲まなければならないというプレッシャーに夫婦共々負けてしまった。ただやっていなかったことを試しにやってみるというのはいいなと思う。合わなかったらやめればいいのだ、そういうことにしておくのがいいだろうし、これからもそういう気持ちで何かに着手するのが健康に良いはずだ。

忘れられない一年というのはあって、具体的な西暦の数字と共に思い出がよみがえってくる。今年もそういう一年であったことは間違いなくて、例えば問題を抱えた実家が引き続き問題を抱えていたり、世相や自らの状況によって生活の変化を余儀なくされたり、そういうことは誰にとっても多少はあるはずだが、要はそれを重大なことと思うか否かの違いであると思う。僕はとても重大に思うたちで、過度にそうだと健康に良くないなと思いつつも、あまり気に留めないというのも無神経さの裏返しだと感じる、何事も相応しい程度がある。そういうことを踏まえて来年はどのように過ごすべきか、僕は多少「なるようになる」という精神を身につけた方が良いように思う。そのためには心に太い幹を持つのが良いか、それとも細くしなる枝にするのが良いか、難しい問題である。今年もよく、なんとか、我慢をしつつも、どうにかやってきた。自分を褒めたい。

2022/08/21

眠りを楽しむ件

 在宅勤務のため人と会わず、孤独を埋めてくれるのは妻ばかりの生活だが、時たま声がかかって、街の外に出掛けることがある。家で仕事を終えてから、待ち合わせ場所に向かう金曜日の夜。会社から家に戻る人の流れに逆らって都会に出る。人と会わねば飲まぬので、近頃酒に弱くなった気がする。

元々あまり元気よく喋る性格ではないが、酒の席においては、三十も過ぎて酒には飲まれぬようになったが雰囲気に飲まれる。自分から酒に誘う連中というのはよく頭と口が回るので、つい釣られて僕も頑張ってしまう。しかしながら、人と対面して会話することというのは精神の健康にとても重要だと気付かされる。いつこの流行病は過ぎていってくれるのだろう。世間の健やかさを信じて街に出たいと強く思う。

0時台の電車に乗るのも久し振りで、普段より遅く床に就く。確実に年を重ねていると思うことがいくつか。朝起きる時間が早まる。深酒した訳でもないのに身体が重たい。寝起きに腰が痛い。腰は学生時代に運動をしていた時から多少悪い。調べると反り腰という状態に近いと思われる。腰のSの字を描く曲線が急で、反りすぎている。だから仰向けに寝ると、反った腰が平らに均されて痛む。仰向けでなければ眠れないので、痛みを堪えて眠るのが辛い。
居間にビーズクッションのソファがある。僕と妻に一つずつ。これは寄りかかった身体の形にぴたりと合うので、腰が痛くない。朝早く起きた休日、洗濯機が止まるのを待ちながら、よくビーズクッションに体を預けている。

休日の昼食は大抵出来合いのものを買ってくる。明日はあれにしようこれにしようと、前の晩に妻と話し合うのが楽しい。僕と違って妻は眠るのが上手いので、目覚まし時計の鳴らない朝はなかなか居間に顔を見せない。
大体10時過ぎごろに妻と連れ立って、散歩がてら街を歩いて、目当てのものを買いに行く。特別なものを買う訳ではない。弁当屋だってコンビニだって、休日の昼食選びの場所としては心躍る。コンビニで買う飯の量が減った。油物に躊躇するようになった。これも年齢の現在地を実感する事柄の一つ。

帰ってきてすぐに昼食。散歩でも身体を動かすと腹が減る。食べるものはなんだっていい、妻と囲う休日の昼の食卓が愛しい。精神の健やかさを蓄えていることを実感する機会に恵まれていることを有り難く思う。

昼食を摂ると途端に眠くなる。休日の午後というのは決まってやることがない。不要な外出を控えることが推奨される時代にあっては尚のことだ。僕はビーズクッションに横になる。腰の痛みも軽い。昨晩は痛みもあってよく眠れず、朝も自然と起きてしまう。そして食後というのはどうにも眠くなる。気付くとすぐに眠りに落ちている。

次に目が覚めると夕方。眠りから覚めようとする時というのはうんと身体が重たい。目を閉じても再び眠りの世界へ行ってしまうことはなさそうだが、身体は床にへばりついて剥がれない。この時間については、特別快いものでもない。ただ眠りに落ちる前の、まだ意識が残っている時から考え直してみると、この午睡は気分が良かったと思える。僕はまだ眠りから完全に覚醒しない頭で、眠りの快さとはいつ実感するものかと考える。寝ることが趣味だと言う人がいる。抗えぬ眠りに身を委ねることが心地よいのも理解できる。では果たして僕はいつどの瞬間、眠りを楽しんでいるのだろう。だって寝ている時、僕には意識が無いのだから。眠くなるという生理現象への抵抗をやめて、ふと気がつくと知らない時間にいる。僕はいつこの事象に対して、快いと感じたのか。実感できないものは無いのと同じ、だから自身の死を恐れる必要はない、という話を聞いたことがある。その点眠りもそれに似ているはずなのだが、確かに快いのだ。これはどうしたことか。

そう考えると、眠りは本当に快いのかという考えにも至る。食事が楽しいのは、舌に当たった食べ物を美味いと感じるからだ。眠りが楽しいのなら、眠っている自分自身が、今僕は眠っていて気持ちが良いな、と感じているはずだが、そんなはずはない。
僕が考えた眠りの楽しさは二つ。一つは、眠りには、それが許されない時間がある。就業中は眠ってはならない。その制限がなく、生理的な眠気に逆らう必要のない時間、これから意識を失って時間を消費してしまうことが許された状況、完全に意識を失う直前の刹那に感じるものが快さなのではないか。そして二つ、眠ると体力を回復する。眠る前よりも心身が健康的な状態になっている。だから快いと感じる。どうだろう、この二説。つまり眠ることそのものではなく、眠るという取り組みの周辺にある事柄、ないしは眠ったことによる結果が快いのではないか。僕はまだぼんやりとした頭と、開き切らない瞼で、そのようなことを考えた。居間で目覚めると妻がいない。しばらくすると寝室から、まさに今起きてきたような顔をした妻が出てくる。君も眠りを楽しんでいたのか。僕が腰を摩っていると、痛いのなら整体にでも病院にでも行けと言う。快い眠りのために、それも必要かも知れないが、僕はなんだか病院が苦手なのだ。

2022/05/02

妻は流行り病ではなく、私は本人ではなく夫である件

初めに言うと、妻は流行り病に罹っていなかった。僕が大層安堵したことは言うまでもない。

土曜日の夜、妻が発熱を訴え始めた。この時世である。妻はマスクをして寝室にこもった。休日の夜、しかも発熱の症状、流行り病の可能性は捨て切れない中で、気軽に問い合わせられるのは自治体の窓口くらいしか思い浮かばない。僕は早速電話をかけてみる。録音された自動音声かそうでないのかわからない程に抑揚の浅い女性の声が電話口から流れる。私は本人ではない、夫である、妻が発熱している、三十八度を超えている、休日でこの時間、どのように対応するのが良いか教えてほしい。すると薬局で抗原検査キットなるものが市販されているので一度試してみることを勧められる。市販の解熱剤もなんとかという種類のものが良いと聞く。僕は電話の内容を妻に伝えて、早速家を出て薬局へ向かう。

駅前の調剤薬局が行きつけである。受付窓口で抗原検査キットなるものが欲しいと伝える。この薬局にかかるのは初めてではないかと聞かれる。私は本人では無く妻に症状があり、妻がキットを利用したい、妻はこちらに伺ったことがある、と伝えると、無事に妻の名義でキットを購入することが出来た。

キット購入の際には使い方の説明を薬剤師から受ける必要があると言う。受付担当とは別、奥の窓口に移動してタブレット端末を見ながら説明を聞く。私は本人ではなく夫で使うのは妻であると告げると、ではこのように奥様へお伝えくださいと説明される。自治体窓口で教わった解熱剤も購入した。

コンビニでゼリーなどの軽食を買って家に帰り、キットの使い方を妻に説明する。寝室でキットを試す妻と、居間でそわそわしながら時間を潰す僕。程なくして妻が寝室から出てきて陰性だと言う。ひとまず安心、ただし素人が市販の検査キットで試すもの、偽陰性の可能性も無いことはないと薬局で説明を受けている。世間はゴールデンウィークである、この後の過ごし方を知りたい。近所に大学病院がある。かかりつけと言う程ではないが、診察券は持っているし、何より休日窓口がある。僕は再び電話を取る。私は本人では無い、妻が発熱しており、市販のキットによると陰性である、出来れば念のためそちらにかかりたいがどうすれば良いか。すると今その病院ではニュースなどでよく聞く検査は実施しておらず、土曜日のこの時間、一旦様子を見て、明日まだ症状が残るようであれば、役所の隣に自治体の休日診療所がある、そちらで診てもらうという手もあると聞く。今日はここまでしか出来ないだろうと思い、明日また休日診療所なるところに電話をしてみるから、今日は休むように妻へ伝える。その日僕は念のために一人居間で眠った。

翌朝、妻の熱はやや下がり、症状も軽くなったと言う。休日診療所の受付時間は午前九時、時間を待って電話をかける。私は本人では無い、妻が昨日から発熱しており、検査キットでは陰性、現在症状は落ち着いている、出来ればそちらにかかりたいが。するとその診療所はあくまで休日に軽度な患者を診る場所であり、簡易的な診察しかできない、明日は連休狭間の平日であるし、一日様子を見て明日一般の診療所にかかるのはどうかと言われる。その旨妻に伝え、今日は休養させることにする。また明日に先の大学病院へ電話、受け付けてくれなければ自治体の窓口へ再度連絡して指示を仰ぐように決める。その日も僕は居間で横になった。我が家の居間にはソファが無い。しまい損ねているこたつに入って夜を過ごす。硬い床に背筋が強張る。

翌朝妻の熱はほぼ平熱になり、症状もわずかな頭痛のみとのこと。朝の受付開始時に大学病院の外来予約窓口に電話をかける。流れ作業のような簡素なやり取りが続く。診察券番号をお願いします、何々番です、ご本人様ではないんですか、私は夫です、本日はどうされました、妻が一昨日から発熱していまして。するとさすが大きな病院だけあって、地域の診療所で紹介状を書いてもらうのが一番早いんですがなどけんもほろろである。諦めて自治体の相談窓口にかけ直す。私は本人の夫なのですが妻が一昨日から発熱していましてかかりつけの病院もなく。すると「〇〇市 発熱」と検索すると発熱外来を受け付けている診療所の一覧が出てくるからそこへ連絡しろと言われる。ロールプレイングゲームをしているような気分になってくる。

言われた通りに検索して一覧を出し、なるべく家の近所の診療所をいくつか見繕う。一ヶ所目、妻が発熱していまして。申し訳ございません発熱外来の患者様が大変多く、初診はお断りしておりまして。二ヶ所目、発熱外来をお願いしたいのですが、私は本人の夫です。すみません本日ですと予約が。三ヶ所目、初診の発熱外来はお受けして頂けますか。はい、大丈夫です。あっ、そうですか、私は本人の夫でして、妻が一昨日から発熱を。ではなるべく早くお越しください、受付でお名前をおっしゃって頂ければ大丈夫です。

ようやく受け入れてくれる場所を見つけて妻に診療所の地図を送る。軽く出歩くくらいは問題ない程度に回復していた妻を見送って待っている間、僕はこの数日間でどれだけ妻のことを妻と呼び、自分のことを夫と呼んだであろうと思っていた。過度に丁寧な言葉を使うのが、すっかり大人と呼ばれる年齢になった今でもむず痒い。妻や夫という呼称は、僕の中でその過度に丁寧な言葉のひとつに数えられる。営業マンをやっていた経験からか、むず痒くとも過度に丁寧な言葉が勝手に出てくる。出来れば簡単な言葉の中で過ごしたい。その方が気持ちが楽だ。妻の両親に向かっては、召し上がってくださいだの、もうご覧になりましたかだの、よくご存知ですねだの、勝手に口がその形になる。加減がわからないが、過度だと思うこともあるし、実際言っていてむず痒い。

程なく妻より無事検査を受けられて陰性であったとの連絡が来た。無事であることの証明とはなんと難しいことか。このご時世、おちおち風邪も引いていられない。帰りは妻を迎えに行って、無事であることに安堵し、昼食を買って帰ってきた。僕も妻も隔離の解禁を喜び、平穏な休日の午後を過ごした。この時は、夫と妻よりも、ダンナとヨメくらいの呼び方がちょうど良いと思っていた。