ついに僕は実家を出る決心を固めた、というよりももう実家から出ずにいるということに責任感を持たなくてもよいのでは? 頑張らなくてもよいのでは? というくらいに社会人としての生活がきつくなり、この度実家をもう出なければ僕の心身の状態が危ういということになって、それで部屋を探すことになったのだった。
つまり僕は親の為に実家にいたのだが、僕の親に対する考え方と親の僕に対する考え方がまったく噛みあわなくなって数年、でも僕は、例えるならば地雷を撤去するNPO的な団体の職員であるのに、その目的がまだ達成されないまま現地を離れて帰国してしまうのをためらうような気持ち、まだそこで暮らしていかなければならない人と被害に遭った人を残して僕は本当に行ってしまっていいのだろうか? みたいな気持ちがあって、細かいところでは違うのだけど、つまりは問題が残っているのにそれを解決することを放棄して逃げて行っていいのか、そしてそこにまだ自立する力をもたない妹を残して行っていいのか、そういう考えがあって、でも僕は本当にもうそこにいるのがつらくてもう許してほしくてそれがもう学生時代からずっとそうで、そしてこの度僕は家を出ないともうだめだというところまで行ってしまったので、申し訳ない気持ちをもったまま家を出ることにしたのだ。
この件は本当は僕と親の問題であるから妹は少し離れたところにいて、だから先の地雷の例えはちょっと違う。家を出ようと思ったのはつい昨日のことで、ネットで部屋を探したのも昨日、目星をつけて物件の見学を申し込んだのも昨日、不動産屋の担当がついて来週の土曜日に待ち合わせの場所と時間を決めたのも昨日のことだ。そしてそれを妹に話したのが今日のことで、妹は僕の上で述べたようなことを100倍ややこしく、そして具体的に、さらに生々しくした告白を全部聞いてくれて、そして妹はお兄ちゃんは優しすぎるからそういうことを考えてしまうんだねと言ってくれて、僕が車を運転して、妹は後部座席にいた。僕はもう涙ぐんでしまって、ちょっと運転も危なっかしくなって、でもそんなことを人から言われたのが初めてだったので、僕は本当に妹に支えられているのだなということを深く感じた。
つまりはそういう諸々のことがあって、僕は家を出ようと思う。ということがこの1週間でもっとも大きなトピックス。ではあるが、そういう精神状態にさせられた状況、その一因であるところの仕事、これが本当に最近は忙しい。僕の勤めている会社は、最初各部に配属された新人が一堂に会する形式の研修が2カ月ほどある。それが終わるころ、新人が主催で研修お疲れ様の打ち上げ飲み会が開かれるのが習わしだった。僕の課は一回り年の離れた課長と僕と新人の女の子の3人という大丈夫なの? と思ってしまいそうな構成で、だからこそ僕は後輩のことを大事に大事にしてあげたい気持ちがとても強かった、その飲み会にも行ってあげたかったのだが、僕はどうしても残業が終わらず、2次会にも間に合わない時間に仕事は終わらないが電車が終わってしまうので会社を出て、疲れた脚を引きずって家に帰り、申し訳ない気持ちで眠ったのであった。
それでこの金曜日には、これも習わしの一つなのだが、2年目社員が1年目をひきつれて先輩がみんなにおごってあげるよ的な飲み会をやるというものもある。これにはどうしても行かなくてはと思っていたから、いくつかの仕事を放り投げて、残業も早々に引き揚げて、途中参加ではあるが合流できて、だからそれはすごく良かったと思う。
その場で同じ課の新人に「○○さん(僕)最近とっても忙しいですよね、もうここ(僕と後輩)の間は隠し事無しにしましょうよ、正直に言っていいですよ」などと言われて、僕は神の前で告白を許されたような気持ちになって、とても正直に「つらいです……」などと言って、これにもなんだか僕の周りにはちゃんと優しい人がいるなということを感じさせられて、すごく嬉しかったし切なかったしこの先の人生のことを考えさせられた。僕は最近この先の人生のことをよく考える。
仕事は大変ではあるが辞めたいとは思わないしむしろ絶対辞めたくない。僕は変にプライドが高いので仕事がない自分、働いていない人間に成り下がるのだけは絶対に嫌だ。でも仕事を続けるということに関してはそこまで悩んでいないしこれからも仕事はする。
朝食を食べないので昼食は楽しみ、しかし僕はナルシストでもあるので鍛えた自分の身体を鏡の前で見るのも好きだ。だからということもあるが僕は野菜が大好きなので昼食は専らサラダとゼロカロリーゼリーと口臭を消すためにミント系のタブレットを買う。カロリーを気にしている。
そもそも僕は食事を摂るという行動に対して納得がいっていない。僕は課金制のゲームが嫌い、最初にゲームの代金を全て払って、その金額の中でそのゲームで出来る全ての機能が解放されていないと気持ちが悪い。食事というものは、腹が減って物を食べて満たされても、時間が経てばまた腹が減る。それが本当に気持ち悪い。今食ってもどうせ後から腹減るんじゃ無駄じゃん! とか思う。僕は食事が向いてないのだと思う。でも食事を摂ると満たされる。だからこそ悔しいという気持ちもある。
そういう昼食はいつも会社の近くのコンビニで調達するのだが、僕は営業なので出先で外食をすることも多い。先日豊洲の大型商業施設のフードコートで食べたタコライスにアボカドが入っていた。
僕はアボカドというものはもっとシャキシャキしていて、歯を使って食べるものだと思っていたし、味も青い瓜系の野菜的な感じだと思っていた。でもアボカドって違うのね。上あごに舌で押し付けるとくにゅっと潰れる。もちろん調理の方法にもよると思うのだけれどもそういう柔らかい食べもので、味ももちろんどういう調理をするかによって変わると思うのだが塩辛い味がとっても合っている。あんな食べものだったのね。ということを僕は思い知らされたのだった。アボカド好き。また食べたい。そういうのを楽しみというか活力にして仕事を頑張るのもいいと思う。でも毎日のサラダ食も悪くない。僕は好きでそういう飯を食っているのだ。
もう2年目社会人なので、ある程度自分はこういう営業で、こういうお客さんを持っていて、こういう対応が得意、人間的にはこういう特徴がある、服装や趣味はこうだということを、知っておいてくれる人も社内に増えてきた。そういうところでは会社というものに対して過度に緊張したり、どうしても行きたくないという気持ちも湧かない。
ただし僕は偉い人にはまだやはり緊張する。偉い人。会社の偉い人というのは大別し2通りにできる。超いい人か超ゴミクズかどっちかだ。僕は後者に対してキレることにした。
偉くて、それでいて偉いことを利用して好き勝手言う連中がいる。僕は奴らに腹を立てている。当然偉い人に対してコノヤロウと直接言わないまでも、腹の内ではそう思うことだってみんなあると思うが、偉い人の目の前、つまり直面してしまうとどうしてもビビってしまうものだと思う。僕はでも良く考えてみろ、こいつは会社では役員、僕は平社員という立場かも知れないが、もし東京に氷河期が来て、会社とか、役職とか地位とかそういうのが全部無駄になって、純粋に「人間」としての機能が評価されるようになったら、僕の方が上じゃないか、拳と拳でやりあったら、僕の方が明らかに強い、こいつは僕を殺せない、そう思ったら彼に対して緊張する、ビビることがあほらしくなった、そしてそう思い続ける為に、僕は常にキレておくことにした。
キレるというのはとても強い感情だから、例えば政治家で、みんなから先生先生と言われるような職業の人だって、キレれば人に水をぶっかけたり、椅子を投げたりする訳だ。そういう気持ちでいれば、ビビるというマイナスの感情はもう出てこない。仮に何か偉い人に言われようとも、キレていれば「す、すみません……」じゃなくて「さーせん」というテンションでいられるはずなのだ。現にそうだった。絶対に僕が悪くない、彼が状況を把握していないことが原因であるような理不尽な内容で偉い人からとやかく言われることがあった。が、その時ずっと僕はキレていて、何だこのクソデブ殺すぞと思っていて、そう思っている内に、彼からの言及は終わったのだった。だから僕は最近よくキレている。そういう術を身につけた。
とにもかくにも僕にはすっかり余裕がない。でも休みになったらブログを書こうと思っていた。今朝はワールドカップがテレビでやっていて、サッカーが始まると裏に住んでいる大学生たちが騒ぎたてるのでうるさくて仕方がない。僕はテレビを見ていないのに、彼らの歓声を聞けば日本が得点を決めたことがわかる。今日などは本田が点を入れたことまでわかった。明らかに僕はやつらに勝てる。だからキレている。端からビビる必要のない相手だが、純粋にキレている。
そして昨日は懐かしい友人、そこまで懐かしくはないが、声を聞くのはしばらくぶりの友人とスカイプで話した。僕は狭いところで生きていることを実感した。社会に出たのにまだ足りないのか? とは正直思った。
明日は日帰りではあるが仕事で新幹線に乗る。この一週間が終わったら、僕は物件の候補を見に行く。先の僕がどうなっているのか不安で仕方がないが、予定は流れていくのである。