2011/09/29

インタビュー待ってますの件

思い出した。インタビューズの件。
僕はツイッターをやっているのだけれども近頃インタビューズとかいうクソ寒いなんやかんやをやっとる人間がたくさんいてますねん。それに登録しておくと、誰かからインタビューをしてもらえるという代物らしいです。詳しくみたことないけど多分そんな感じ。
インタビューというのは「インタビューさせてください」という人が先にいなければならないのに「私にインタビューしてください」という人が先にいたらどうなのこれ。インタビューをする価値のある人なら、例えば、あの人に聞いてみたいことがあるけどそんな機会ないよなあって誰かが思っているような著名人、そういう人が使うのは正しいし、有益であると僕は思う訳です。
自己顕示欲というのはもう本当に恐ろしい。傍から見ているとひたすらに寒い。「インタビューズに登録したので質問待ってます」というのは「チンポコ出しとくからしゃぶっといてくれ」って言ってるのと同じようなもんだろ、というのを僕は大きく言い出せずにいる。まあインタビューをされたい気持ちはわからないでもないけれども。だた個人的に、あくまで個人的嫌悪によって怖気がぞわぞわと湧くのである。





何でもないただの一般人、取り分けどこの誰かもわからない人に質問することなんて特にない訳です。とすると、何でもないただの一般人にインタビューをしてくれる人というのはその人の知り合いってことになるよね、という感じで知り合い同士の循環が出来あがっているのかしら。知り合い同士で質問の需給を釣り合わせるような、チンポコのしゃぶり合い構造がどうにかなっているとしたらまあそれはそれで完成されているような気がして一般人のインタビューズの利用の仕方としてありなんじゃないだろうか。
ただインタビューっていうのは特殊で、例えばインターネット上に自分の描いた絵をアップロードしました、ということがあったとして、その絵を誰も見ていなかったとしても、アップした時点でそれは完成というか、完了な訳です。ただインタビューというのは、誰かがインタビューをしてはじめて完了、即ち一人では終わらせられない訳です。ここが一番厄介なところで、だからオナニーとして成り立ってない、一人では射精出来ないからしごいてくれる人がいないと駄目みたいな、そういう図々しさを感ぜずにはいられない。他人を巻き込む形の自己満足はちょっと鳥肌物な訳です。





ちょっと前の文豪達は、流派の違う他の作家をあけすけに批判したりとかしてたっぽい。今じゃあんまり考えられない、まあ少しはあるだろうけど昔よりハードじゃないよなあという感じ。という時代でもやはり僕らは遠慮をしているだけで腹の底には思うことが山ほどある訳です。
インタビュー楽しい人はやっててもいいんじゃないかしらと思うけど、あなたも手伝ってやんなきゃ射精出来ない人なのって思ってる人もたくさんいますよという話。「なんでこれに登録してたんだろ……」って思う人が出てきたら正直飯がうまい。ごちゃごちゃ書いてきたけど結局インタビューの云々は僕すごい寒いと感じておりますというだけの話である。






今日こういう荷物を持った人が電車に乗ってきた。帰宅ラッシュ時で大変込み合っている車内。持ち主もすごく申し訳なさそうな顔をしてた。