今年のお盆休みで一人暮らしを始めてから一年経つ。
一年も経つと随分、一人暮らし先のことを指してここが自分の部屋だとか、この街がホームタウンだとかそういう気持ちが芽生えてきて、そして実家に帰るとちゃんと帰省の感覚、つまりは生活の拠点は既に実家ではないから実家にいる時は実家にいる時なりの暮らしをしなければならないという気構えがある。どういうタイミングでそのようなことを思うかと言えば実家のwifi環境に不満がある時とか自分のPCがない時とか僕ってばすっかり電波が必要なコンテンツに生かされているのねということを思い知るのだ。
今年は妹が就活をしていたり何なりの事情があって、毎年家族揃って帰省する母方の実家がある東北へ僕一人で派遣されることになり、一年くらいぶりの新幹線。家族揃った時は父と僕が運転をする車で帰る訳で、一年前の新幹線はつらい思い出がまとわりつく仙台出張のあの日のこと、だから僕は今回とても楽しい新幹線を期待していた。なぜだか僕は新幹線がとっても大好き。
新幹線が大好きである理由を考えるようなことではなくて、どういう訳か好きということで良い。大宮駅で気分が良くなっている僕は普段買わないヤングジャンプとヤングマガジン、おまけに週刊プレイボーイを勢いよく買う。あとは普段食べないお菓子が必要な気がして来てチュッパチャップスの味を選んだりする。新幹線は何故だかそういうものを買うように僕に要求してくる。両手に荷物を持って乗車、上越新幹線の二階建て車両はたまらない。ホームから一段高くなった不思議な景色を見ながら荷物を棚の上、前の網、簡易テーブルを下ろして飲み物と雑誌を並べ、座席の角度を調整した時の一息、そしてゆっくりと発車していけばちゃんと「いよいよ動くぞ!」という気持ちがある。
ただ乗ってしまえば基本的に後は自由時間なので何がどうという訳でもない。なぜだか新幹線は乗るまでの準備と動き出すまでがとっても楽しいのだ。
東北の家には祖父一人祖母一人。出される食事をうまいうまいと言って食べるだけで祖父母孝行な気がして、好んで食べたりしないミョウガをシャキシャキしてるねなどと言いながら食べたりした。方言の強い地域だが幼少から聞きなれているせいかヒアリングはほぼ完ぺき、スピーキングも八十点くらいは取れると思う。帰省の間はずっと方言で会話をしていた。僕は英語は喋れないけれども英語を喋る喜びってこれかもという実感があって、それはネイティブではない言語を使って、それをネイティブに理解してもらえた時。あっ今使えてる、ちゃんと喋れてるというこの味わい。今年はまだ僕しか帰省していないし、後は誰も来ないかも知れないなどと祖父母は寂しそうだったので、海と山しかない田舎町、何もやることが無くとも行けて良かった。この土地の方言で言うと「良かった」は「えがった」になる。
今年のお盆休みは八月十日月曜日からの五日間、前後の土日を合わせて九連休。休みだから遠くにお出かけをしましたという思い出はこの東北帰省以外にはなかったが、いろいろな時代に知り合った色々なみんなと会い、あれをしたりこれを言ったり、あれを貰ったりこれをあげたりとそういうことが出来た休みだったので、内容のある休暇だったと思う。思い知ったのはやはり僕が二十五歳になってしまったということであって、親族友人など相手との関係を問わず、将来のこととか今の仕事のこととか貯蓄のこととかそういうこと、つまりは落ち着いた未来の暮らしに関することをよく話し合うようになった。決してそれが悪いという訳ではなく、僕はすっかり大人であって、清宮幸太郎君は十も歳が離れているのだなということである。あまり野球に詳しくないのだが、印象深い甲子園は僕が高校生の時分、ハンカチ王子のそれだ。今年よく報道されているアフリカ系ハーフの彼と僕は同郷、どうやら出身の学校も同じらしい。
ただしどうやらと言うかやはりと言うか、自分を指して大人と評したい気持ちも確実にあって、自分のことをやたらとおっさんおばさん呼ばわりしたり、自分と対して歳も離れていない後輩を若者扱いしたりしたい気持ちとおそらく同じ。イメージの中にある大人っぽい言動とか振舞いに寄って行こうとしている、いや違って、自然とそのイメージに重なる行為をするタイミングになった時、その行為に対して過剰に感慨深さを感じるような作りになってきている、これが一番近い。祖父母へ僕が稼いだ給料から小遣いを渡した時のこの気持ちの何と説明をして良いことか。そう考えるとまだまだ大人への道は遠いのかも知れない。大人って、わからないけど、そういうことをあまり考えないような気がする。多分だけど。