「あなたは何をするのが好きですか?」と聞かれれば今ではもう「ブックオフをめぐることです」と言うしかないのかもしれない。「甘いものを食べることが好きです」が「甘いものを作ることが好きです」に育ったみたいに、目的よりも手段の方に興味が向いちゃって、欲しい本は特にないのにブックオフに行きたい、別に食べたくないのにお菓子を作りたい、のような状態になってしまっていて、実家住まいで車があるのをいいことにさまざまな土地のブックオフへ出向いては無駄遣いをして帰ってくるということを最近はよくしています。
前回の投稿でも書いてましたが街を歩いてみるというのも結構いいものです。ということでとりあえずの目的地はブックオフ、という感じに歩いていたのだが、そう何度も同じブックオフへ行っても特に面白いこともない。歩いて行ける距離のブックオフはもうないなあ、ということで車に乗り、ちょっと車でも行きにくいなあなんてことになれば電車に乗り、かなり躍起になって行き先を探しています。中古書店のいいところは、店舗によって品揃えががらりと変わるところ。いわゆる掘り出し物なんて探したいならブックオフめぐりは最適。「あの店舗にはなかったけどこの店舗にはあるぞ」「あーさっきの店舗はあの本250円でおいてあったけどここにはないなあ、100円のを探さずに買ってればよかった」みたいな駆け引きを楽しむのも一興。何がおいてあるかはそのブックオフの近隣住民の読書センスにゆだねられる、のかはよくわからないけれども、ブックオフをめぐるのはそれなりに楽しい行事なのです。
●
明日は埼玉方面へ攻めてみようと突然思い立つ。僕は都民だがまあ郊外も郊外で、都心よりはむしろ埼玉が近い。郊外民としては都会のきらびやかなステージよりも、県の油断できる感じが快い。聞こえは悪いかも知れないけども、まあ高級料理よりおふくろの味的なことを言えば良いイメージ? かどうかはわからない、とにかくもろもろの理由によって埼玉県の方が馴染みやすいという印象を抱いているものです。
ということでその翌日、僕は埼玉県内の3つのブックオフをめぐることに。なるべく大型な店舗を選んだので期待は大。一番の遠出は宇都宮線の土呂駅から歩いて15分くらいのところにあるショッピングモール地帯の一角。土呂ってかわいいね。それはさておき着いたところはブックオフとは名ばかりで、古着やらアクセサリーやら子供用の玩具やらもう様々な中古品がひしめき合う節操もクソもないようなお店だったのだが、こんな規模のでかさは東京でも見たことがない! ということでかなり興奮しながら店内を見て回る。そして文庫本を二冊買いました。店の規模に対して買うものが小さいとなんだか損した気分になるね、そういう人が浪費家になってしまうんだろうね。と収穫はそのくらいで満足して、帰りは駅とモールを無料で行き来しているピンク色のシャトルバスに乗ってみることに。降りるとき幼女が手を振ってくれてかわいかったな。僕も大変穏やかな顔をして手を振りかえしてあげるというのも旅の楽しみ。
●
今回の本題は帰宅時にあり。
午前十時ごろから出てきて帰路についたのが午後五時ごろ。普段乗らない電車に乗るとなんだか不安になるのはなぜなのだろう。平日の帰宅ラッシュ時とあって、高校生やら高校生やら高校生やらが車内にひしめきなんだか落ち着かない。偶然座れたので心もち穏やかな顔をしたようなつもりになって大人ぶっていたが、左右を女子高生に囲まれ、すごく社会的に認められたような気分がして思わずおいしい。隣の女子高生が降りたと思ったら別の女子高生がそこに座ったりして、これではまるで僕が「チェンジ」と唱えたみたい、そういう感じで束の間の王様気分を味わった。
そうこうしている内に地元の駅が近づいてくる。その時隣に座っていたのはおばあさん。前かがみに浅く腰掛けていたので、ゆっくりとした手つきで操作しているらくらくホンの画面が丸見えである。
こういう時の悪い癖で、おばあさんがケータイで何をするのか気になり覗き込んでしまう。知らない人に注目してみるというのはなんだかおもしろい、人間観察といういやらしい言葉があてまはるその行為はきっと誰にとっても魅力的なのだ。と言い訳がましいことは別に考えず、とりあえず面白そうだから覗いていたのである。
そしてそのおばあさんはメールを打ち始めるが、画面を見ずにボタンだけに注目して操作しているため、ちゃんと打てているのか少し心配。かなり操作もゆっくりなので、文字が増えない。が、おばあさんがこちらに気づく素振りも見せないのでじぃっと見入っていたその次、「あ行」のボタンが「い」で止まった時の変換予測に『いえおでます』という表示が出ていたのを僕は見たのであった。
●
『いえおでます』に関する考察は瞬間的に完了した。
『いえおでます』はどう考えても『家を出ます』のことである。そしてこの『お』は『を』のことで、らくらくホンですら操作があやしいおばあさんのことだから、『を』の打ち方がわからずに『お』と打ってしまったのだ。
このことに気づいた僕はおお面白いものが見れたぞと思って内心ほくほく。そしてこの何とも言えないおさまりの良さ、おばあさんが「いえおでます」って打ってたんだよね~という話の丁度良さ、何と表現すればよいのか考えあぐねるこの感覚、これは一体なんだ、と思い始める。豪快なオチがある訳でもないし、どかっと笑えるような話でもない、しかし聞いた時「ほぉ~なるほどね~」のような感想を抱けるであろうこの感じは一体なんなのだ、ということだ。こののんびりとした小話に、夕陽の赤が照らし出す車内の風情が絶妙に絡まり合い、僕はただほああとその空間を泳いでいるだけで、とうとうおばあさんはメールを打つことを諦めてしまい途中下車、僕もそろそろだなあなどと席の逆サイドに残った女子高生の甘い香りを感じながら思い、何とも言えないフィット感に包まれたその空間を楽しんでいたのだった。
そして帰宅後思いついたのが「サザエさん」であった。
サザエさんの、めちゃくちゃに笑えるわけではないけれども、温かみがあってクスリと笑える、二転三転する訳ではなく、誰かがおかしなことをやってワハハと笑う感じ。より具体的に言えば、サザエさんのエンディングに流れている漫画のイメージである。ちょっとした間違いや、とんちを効かせたようなこと、要するに少し日常とは異質なことをやった誰かに対して、誰かがびっくりした顔をしてオチる、このイメージだ。だからもう、サザエさんというよりも、むしろ新聞の四コマ漫画チックなのである。
新聞の四コマ漫画って、がはがはとは笑えないけど絶妙にうまい。要するに『いえおでます』の『お』に関する解釈、おばあさんのケータイ操作技術と日本語の仕組みに関するこのいろいろな要件が織りなすかわいらしい失敗談に、僕は絶妙な『うまさ』を感じていたのである。
●
これは『うまい』はなしなのでこんな感じでするっと終わる。多分『次の駅で・・・』みたいなことを打とうとしていたのだと思う。
