2012/06/11

見ず知らずの他人とのコミュニケーションの件

地元の友人である青ちゃん(同い年の男)と二人ででかけることになった。
その日は青ちゃんに全面的に行き場所を委ねることになり、彼の運転でラーメン屋、カラオケ店、ステーキハウス、スーパー銭湯、ファストフード店と様々なところを回って帰ってきたのが午前2時ごろ。僕は面倒臭がりでものぐさなのに対し、彼は非常に気が利くおもてなし体質なので、彼とでかけるともう僕は完全におんぶにだっこになってしまう。
と言うよりも僕は自分からなにかを決めるのが苦手なので、付き合いが続いている友人というのはみんな企画を買って出てくれる、もしくは企画を押し付けてもあまり嫌な顔をしない人ばかりなのである。そもそも僕は行動範囲がかなり狭いので、どこか遊びに行こうよということになった場合に案内出来る場所がない。「いいところ知ってるぜ」という人の後ろをついて行くばかりなのだがそれを別に不自由だとは思っておらず、むしろ楽チンでいいなあなどと思っているので、いつも鼻歌を歌うような心持ちで誰かの後をついて行っている。







青ちゃんとのホモデートは、僕の就職活動がなんとか無事に終わったということで出来た余暇を潰すために催されたものだった。昨今の就活では「コミュニケーション能力」なるものが重要視されるなどと良く聞くが、実際のところはむしろ就職活動によってそのコミュニケーション能力とやらが身についたような気もしている。というのは元々僕は知らない人とお話をすることを特に億劫だとは思わない質だったのだが、就活というのは全員が全員に対して初対面という会合にたくさん参加しなければならない行為であるので、嫌でも他人とお話をして考えを伝えあう力というものが養われていくものだと思われるということである。少なくとも僕はそうだったような気がしている。
また、
近頃はコンビニやら書店やらの店員に対し、必要以上に愛想よく接してしまう癖がついていて、代金を支払う時やお釣りをもらう時などに店員と目を合わせたり、時には「こんにちは」などとあいさつをしたり、レジから立ち去る時に軽く頭を下げながら口角を上げてみたりとそういうことをするようになっていた。それは恐らく「人にされたらいやなことは自分もしない」というかなり幼いころに大人から習ったことが実はかなり重要なことだったのだと今更気付いたことに起因するのだが、だから要は「愛想悪いより愛想良い方が良い」という気持ちを今は持っているということだ。ただしそれは、そんなことを思ってそんなことをやっている自分が好きだという自意識過剰さの表れでもあるとも思う。

というような具合で、僕は現在何だか知らない人と積極的にコミュニケーションを交わして「自分はちゃんと知らない人とコミュニケーションがとれるえらい人間だ」というような気持ちを満たしたいというような思いを持っていて、その力も十分に持っていると感じているところだったのだ。





青ちゃんの連れて行ってくれたラーメン屋、とてもよかった。久しぶりのカラオケ、相当気分がよかった上に安かった。ファミレスのそれとは比にならない、ステーキハウスのハンバーグ、かなりおいしかった。
そのこと自体もかなりすごいのだが、何よりもこれらの良さや店舗の位置など様々なことを知っている青ちゃんがすごいと思った。彼はとても行動派なのである。PCのディスプレイを見つめながら時間を食っている僕とは、自分がどのような行動や思考をするかを決定付けるような、自分自身の一番芯にあたる器官の作りがもう全く違うのである。
ハンバーグを食べた後はスーパー銭湯へ向かった。青ちゃんは仕事(彼はもう働いている)の帰りにそういう施設へ寄って大きな風呂で汗を流すのが好きらしい。
青ちゃんは岩盤浴のコーナーへ向かい、僕は普通の大浴場的な方面へ向かった。岩盤浴というものが何なのかよくわからなかったし、多分僕はそこからすぐに出てしまうし、何しろ追加料金がとられるのでそれをケチったということもある。まあ男二人で仲良く身体を洗って仲良く入浴することもないので、お互い自由に銭湯を楽しむことになった。

僕は身体を洗い終えるとすぐに露天へ向かった。外にも普通の露天風呂の他に様々な風呂があり、肌に良いとされる乳白色のものや、絶えず湯が流れている平らな岩の上に仰向けに寝て背中を温める寝湯(全身温かくなって気持ち良い)と呼ばれるものや、浮き輪に尻をはめて浮いている格好よろしく大きな壺状の浴槽に入るものなど様々あって、僕は特にその壺の湯が気に入って、のぼせてきたら足や手を大きく浴槽から投げ出して外気を集めるなどして恐らく30分程度そこに入っていた。そして今日の日のことを思い出しながら、僕は今日いっぺんにこんなにたくさんの良いものを味わってしまって、本当にいいんだろうか、明日死ぬんじゃないかなどと思っていた。





壺の湯からあがり、いくつかの風呂を適度に味わって、露天の中で最後に入ったのが乳白色の湯だった。
その湯には先客が一人いた。頭の中央の毛が逆立ったらっきょうのような形の短髪で、年の頃は恐らく20代になったばかり、もしくは10代後半、高校生と言われても頷ける。そして格闘技か何かをやっているかのような、ふっくらとしていながらも芯の硬そうな体つきをしていた。
僕がその湯へ近付くと、どうも彼が僕をじっと見ている。目つきが鋭いのでガンを飛ばしているようにも見えたが、まあ僕だって高校時代はラグビーをやっていてだなあなどと思いながらその湯へ入っていく。特別そこへ入りたいという訳ではなかったが、一度そこへ足を向けたのに彼が見ているからやっぱりやめるなんてちょっと無いだろうと思って、何事もなかったようにそこへ入った。しかしながら彼はじっと僕を見ており、さらに彼が僕を見ていることを確認するために僕も彼を見てしまい、目が合ったり合わなかったりの変な気まずさが生まれ、一気にその距離感が辛くなり、近頃抱いていたコミュニケーションについての一家言も思い出され、彼に「こんばんはー」などと言ってみたのだが、当然のように反応はなかった。

彼と同じ壁に背中をつけていたので、二人とも同じ方向を見ていて目が合わない。その湯もまあ白いだけで別段面白味はなかったが、入ったばかりですぐ出てしまうなんて、何か彼に思われやしないだろうかという気持ちでじっと入っている。他人だし、他人同士が会話をしなければならない場面でもないので気まずさは少しもなかったが、どうも彼と最初に目が合っていたことが気になって仕方がない。
何か、折角会ったのだから何か話しても良い。こういう旅、というほどの距離ではないが、出先で偶然出会った人間とのコミュニケーションには何か少し憧れるものがあった。彼も中途半端に声をかけた僕のことを多少は訝っているだろうから、このお互いにもやもやした気持ちを解消するために、少しばかりなにか雑談をしてみるのもいいかも知れない。
とは思ったものの、最初のタイミングをつかみ損なっているのだ。しばらく互いに無言で湯に浸かってしまった状態から、一体どうやって話を切り出せばいい。僕が「こんばんはー」と言ったタイミングでなら「いやー僕ここ初めて来るんですけどなかなかいいですねー」のようなことを言っても良いと思えるが、この空白、いかにも「何か話しかけよっかな、でもなあ、うーん」のような思案があったことを思わせるこの空白がどうしても彼との他愛のない雑談を妨げる壁になる。
この空白を認めた上で何を話せばいい? 「壁の向こうから女湯の声が聞こえてきていいですね」とか「今日はどこからですか」とか「良い身体してますね、スポーツですか」とか色々考えてはみたが全部気持ちが悪い。いきなり女湯の話をされても困るだろうし、観光地でもない東京郊外のスーパー銭湯でどこから来たか聞かれるってのも何だし、良い身体云々なんて僕はホモなのか? ホモなのか? ともう色々な考えが浮かんで消えて浮かんで消えてして、結局何もしないままに、しばらくすると彼の方から湯を出て行ってしまった。なんだか助かったような気がしたが、少しもったいないような気もした。





僕が風呂からあがって脱衣所で服を着ようというタイミングで青ちゃんは岩盤浴からあがってきた。青ちゃんはこれから風呂の方へ行くということで、僕は涼しいロビーで彼が風呂に入っている一時間ばかりを待つことになった。待つこと自体は別段なんてこともなかったが、彼女の尻を触りながら銭湯を去っていく男をうっかり見てしまったこともあり、男が男の風呂上がりを待っているという状況に心が痛くなる思いもした。ただ、恐らく高校生になったばかりくらいの女子の湯上りでつるりとした童顔に似合わぬふっくらとしたおっぱいや、頭のゆるそうな女共が腰ではいたスウェットから覗かせるエロっちい下着などが、ぼーっと椅子に腰かける僕の目に勝手に入ってきて、この施設なかなかいいねという気持ちもぽやぽやとわいていたのだった。





スーパー銭湯で「お、抹茶だ」と思って買ったクロレラ牛乳。まずくはない。