渋谷へメガネを作りに行ったのが勤め先年内最終営業日を目前に控えた祝日の話で、検査をしてもらったところド近眼に乱視も混じり、これは初めて言われたのだが外見にあらわれるほどではないにせよ若干斜視のきらいもあるとのこと、このような世の中でなければきっと兵役を逃れられると思うがそれはそれとして、どの店員も度数のことを「お度数」と言うのが妙な感じ、おビール以来の違和感。このようなことの何がどうかと言えば、僕という人間はどうにもまとまらない断片的なトピックスをぽつりとつぶやいて、吐く息に少々の音を乗せただけの相槌を与えるやり取りやその関係性に心ときめく男だということがわかったのが2015年のことである、ということ。2015年というのは社会人になって3年目、一人立ちをして丸1年、自分を指して大人と呼んでも差し支えない経験を積んだ人間として自身を評価出来るようになってきた年だと考えていて、そういう立場から自分を見つめ直した時に、ああやっぱり僕は会話のキャッチボールが下手くそなのだなとか、他人に気を使い過ぎて疲れてしまう性格なのだなとか、そのくせ寂しがりだから求められたら断らないし断れないのだなとか、そうしてあまり強い酒を飲み過ぎてしまうとあえて言わないように努めてきたこともつい言ってしまうのだなとか、その上翌朝その記憶が無いという厄介な性質なのだなとか、色々なことがわかってきて、多くの事柄は僕の劣等感に火をつけて、また少々の別の事柄によって、そうは言っても生命活動を続けていかねばなるまいと奮い立つのであった。
近年は年の初めに目標を立てようと思うようになって、2014年の目標は仕事もする、遊びにも行く、お金も使う、能動的に動こうという努力が見えるなんやかやであり、2015年の目標は現状維持であった。2013年は社会人になった年、だから2014年はもう新人は脱してアクティブに頑張るぞ、という意思が見える。続く2015年は現状を維持したい、つまり2014年はそれなりにうまくいった、だからそこで得たものを継続して育てていこうという気持ちがあることがよくわかるし実際そうだったと思う。
2016年をどのような年にしたいか考えだしたのは実家、正月の家族が集う居間。僕は今年で26歳になるが、僕は両親が30の時に生まれた子供なのでそういう年齢の両親であって、またそしてジュディオングという人を知っているかと聞かれれば、女は海~の歌の人なのである。老人ばかりを意図的に会場へ集めるキャスティングをしたのだなと思わせるようなNHKの歌謡ショー番組が、母はそのような番組が特に好みなので、家族の居間に流れている。歌謡曲としての体裁が既に保たれているので違和感は持ちにくいがここでジュディオング氏「違う男の腕の中でも違う男の夢を見る」とのこと、合わせて母も歌う訳だがよく考えるとドえらい歌詞なのである。ここでの僕の心理は、いい歳こいたおばさんが何を色気づいたこと言っとんじゃ、というもの、だがしかしここで気付くことは、母は僕にとっては母であるが、父にとっては妻なのであって、父にとって色気を感じる存在であった時代もあるんだよね、そしてまたよく考えると例えば将来僕と僕の妻になってくれる人との間に子供が出来たとして、その30年後、成長した息子か娘が僕の妻に対して今の僕と同じこと思う日が来てしまうのではないか、とそういうこと。こうなってしまうとたまらなく、若さって貴いものだな、儚さに価値のあるブランドなのだな、肩書としての女子高生ってルイヴィトンだよね、とそのような意識で頭が埋め尽くされる。そして僕と言えばどうだ、何をのほほんと26歳だなどと考えている、もう20代も後半に差しかかるんだぞ、今しか出来ないこと、今しか出来ない考え方、今しか出来ない諸々、きっとあるはずだ、いつか思い出に変わってもいい、「今しか出来ない」を判断の基準にしても良いのではないか? いやするべきなのでは? そうじゃないと、勿体ないのでは? なんて強い焦燥感に苛まれたのであった。
という訳で2016年の目標は「若さを貴ぶ」にする。何かをするとか、これを成し遂げるとか、そういう具体的なことでなくていい、何か判断を迫られることがあった時に、将来の僕にとって、ということも大切だが、今の若い時分の僕に指揮を委ねてみてもいいな、とそれくらいのこと。そう目標を決めたら考えることがあって、今の仕事、続けるべきか否かとその類の話。若い時分の僕が何と回答するかと言えば、それはちょっと時期尚早じゃない? なんて基本弱腰である。