2016/12/04

エレクトロニクス研究部の思い出と、金と女と酒の件

 すごく大人しそうに見える人が実は学生時代柔道をやっていて黒帯を持っているんです、ということって結構あると思う。がっちりとしていて背も高く、いかにもスポーツマンな彼が根っから文化系でスポーツ経験一切なしなんてこともよくあって、人はみかけによらないもの。僕も今でこそどこにでもいる普通の体型の人間みたいな顔をして暮らしているが、高校時代はラグビー部、部内で一番体重が重かった。社会人になってからは元ラグビー部の肩書は結構便利で話のネタにもなるし、そんな風に見えないという反応を話相手から頂きそこからお互いのパーソナルな部分を共有し合って仲良くなるなんてこともよくあった。そして大学時代は文学研究会というサークルに入って代表を務めた時期もあったと繋げればいよいよ僕という人間が特別な経歴を持っている存在として相手も意識をしてくれるようになり、コミュニケーションがそこまで得意ではない僕は随分とその話題に助けられていたりする。

 実はその話には続きがあって、ラグビーをやっていたのは高校時代、文学研究会員だったのは大学生の時。中学生の時分はどんなことをしていたかと言うと、放課後はコンピュータ室に集まってパソコンをいじっていた。何もない時はただひたすらにパソコンで遊ぶだけ。プリインストールされているゲームやらお絵かきソフトやら、タッチタイプを身につけたのもこの時だった。例えば学校で何か行事があって、撮影して学校のホームページに掲載しようということになれば、カメラを持って現場へ向かい、画像を持ち帰り、ホームページビルダーでページを作り、顧問の先生に提出をする、そんなことをやるのもこの部の仕事で、その名もエレクトロニクス研究部、通称エレ研である。実態はパソコン部だが、パソコンだけでなく周辺機器を諸々扱うこともあるとかなんとかで、そんな大層な名前がついたとのこと。
 だから僕はエレクトロニクス研究部からラグビー部に転身、その後文学研究会に入るという訳のわからん学生時代を過ごしたことになる。それにしてもエレクトロニクス研究部に属していたという話は何ともややこしく、まずエレクトロニクス研究部とは何ぞやという話から始めなければならない。ラグビー部や文学研究会とは訳が違う。だから、単純に言うと面倒臭くて、自分がエレ研に入っていたということはあまり人に話したことが無かった。別にこの事実を恥ずかしく思っているとかそんなことではない。

 先日まさに青天の霹靂、エレ研時代の友人から連絡が入った。彼と連絡を取るのは一体いつぶりのことか、彼とどんな口調で会話をしていたのかもよく思い出せない、ただ当時呼んでいたあだ名と、中学生当時の見た目の印象だけが薄ぼんやりと思い出される。不思議なもので、属するコミュニティが違うと、口調や言動も変わる。エレ研の時はみんなをあだ名で、ラグビー部時代は当然のように苗字呼び捨て、文学研究会では仲良くなっても「君」や「さん」など敬称をつけて呼んでいて、振舞いはそれに引っ張られるようであって、それぞれが僕に対して思っている印象はそれぞれ違っているはずだと思う。そして今は社会人になって社会にはやはり社会に対する接し方があって、だから中学校、中学校は最も僕のルーツに近い、つまり地元、生まれ育った場所、僕を初めて僕と呼んだ環境であるからして、今はたくさんそこに上書きがされてきたから、だから今では随分と深くにある中学校の時の僕が一体どんな僕だったか思い出せないままに、何でも彼ともう一人同期のエレ研部員で飲みに行くのだが僕も来れないかという誘いであって、それになんて、どんな振舞いで了承すべきか一瞬わからなくなって、ただシンプルに行きたい、というメールを返したのであった。

 僕を誘ってくれた彼のことを、僕はすぐにわかった。待ち合わせ場所は地元の駅前だったが、先に着いていた僕はすぐに彼を見つけて彼の方に向かっていくと、彼もこちらに向かってくるということはもしや君なのか、というような面持ちで僕を迎えた。彼は昔、割に小柄な体躯だったが全くその印象は消え去り、少年の声は男性のそれになり、たった一言二言交わしただけで随分と時間が経ったことを思った。最後に会ったのは成人式、五年、六年前のこと。彼は僕を見て(その見かけの変貌ぶりに)驚いた風だったが、それでも顔のパーツは当時そのものと言い、そこまで違和感を感じたようでは無かった。その日は僕を含め三人の予定だったが、彼はこれから来るもう一人の同期に僕が来るということを黙っていたらしく、果たして僕が僕であるとわかるだろうか、と少しわくわくしていた。そしていざ最後の一人が現れると案の定、僕へ手の平を向け、こちらの方は? なんて言った。ヒントを与え、しばらく悩み、答えに辿りついた彼の驚いた顔を、僕は忘れられない。二人はそう頻繁にではないが顔を合わせているようだったので、僕には少々ゲストという役付けがある雰囲気だったが、アルコールが三人のエレ研時代を思い出させ、そしてそこから随分と時間が経過して今大人になったことを改めて印象付けるので、そんなことは関係無しに、あれよあれよという間に夜は更けるのであった。中学校を卒業してからどんな人生を歩んだのかということ、今何をしているかということ、どこに住んでいて、どうやってお金を稼いでいて、なぜそのような暮らしをしているかとか、当時の交友関係の現在のこと、そういう当たり前のことをたくさん話した。三人でこんなにじっくりと話をするのは十五歳、中学校三年生以来。十年遡っても足りないのだ、当たり前のことを、全然知らない、だから彼らが語る人生の歩みのそれぞれに驚きがあったり、当時の性格を鑑みて納得があったり、そればかりではなくどうして君が、という不思議さがあったりして、感慨の思いに胸を打たれた。人は自身の成長には鈍感だと思う。目の前の二人は随分と変わってしまった気がしたが、二人もきっと僕をそのように見ていただろう。

 久しぶりに会った友人とどんな話をするか、と誰かが想像するのと全く同じような会話をして時が過ぎ、そろそろ帰らねばという時刻。それぞれが財布から放り出す数千円、中学生時分こんなにも簡単に札を放つことが出来ただろうか。伝票に挟まれた紙幣を見て、僕らは僕ら自身で稼いだ金で生きていて、それを使って酒を飲んだのだということを印象深く思った。これが大人でなくて何なのだろう。僕らは大人になった。
 また会えないことは決してない、次会う時まで、そうやって別れて、帰りの電車で、待ち合わせに最後にやってきた彼と二人になって、今日は三人だと思わなかったから、こんなに楽しい時間が過ごせると思わなかったから、こんなに遅くなる予定じゃなかった、彼女に怒られると言った。三人の会話で印象的だったのは、それぞれの恋人の話。中学校時代みんなそんなことと無縁の顔して暮らしていたじゃないか、何を色気づいてまったく、と思ったが、でもだって、みんな大人なんだもんな、なんてやはりどこかまだ僕らが大人になったことが信じられないような気持ちがあったのか、そんなことがふと。彼は中学校の理科の先生になっていたのだが、彼がなぜ中学校の先生を志したのかという話が中々に興味深く、後日恋人にその話をした時に、彼も僕と会ったことをパートナーに話したりしているのだろうかなんて思って、ああでもやはり、やはりどこかで中学校の時の三人の姿が思い出されるから、何だかとても照れくさい気持ちになってしまって、一緒に酒を飲んだ時の光景を隣に据えて、そう大人、僕らは自分で稼いだ金で酒を飲み、女の話に花を咲かせた大人なのだと、あえてそうやって自分を信じ込ませるようなことを考えて、今少しずつ、僕らが大人になったことに納得をしてきていた。